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チュルク人世界研究基金がオスマン・バトゥル記念会を開催した
チュルク人世界研究基金と東トルキスタン亡命政府は、2005年2月12日午後、イスタンブール大学のそばにあるスレイマニーエジャーミィの会議室でオスマン・バトゥルの業績を記念するシンポジウムを行なった。

東トルキスタン共和国の英雄、革命家オスマン・バトゥル(Osman Batur)は1951年4月29日ウルムチの刑場で、中国共産党侵略者によって銃殺された。
処刑の前、侵略者はオスマン・バトゥルを、ウルムチの町中を引き回し、“反革命分子、民族主義者、分裂主義者”などのスローガンで非難した。
オスマン・バトゥル(カザフ族、1889年~1951年)はアルタイ山の英雄の子孫である。強い信念と不屈の精神を持ち、中国共産党侵略者とロシア共産党侵略者の悪行を憎み、東トルキスタンの解放と独立の為に身を捧げた。オスマン.バトゥルは命で英雄詩集を作り出した。
イスタンブール在住の歴史家、文学者、言語学者、民族主義者、東トルキスタン亡命政府の副総理のヒズルベク・ガイレトゥラ、イスタンブール大学自然地理学部博士フェティ・アフメット・ユクセル(Fethi
Ahmet Yuksel)、アンカラ大学のエリキン・エメット博士、アンカラコジャテペ大学のエリキン・エキレム博士など70人以上が参加した。
イスタンブール大学のフェティ・アフメット博士がオスマン・バトゥルと東トルキスタン共和国の歴史資料、写真を含めたスライドを参加者に見せた。
会議中、東トルキスタン亡命政府のヒズルベク副総理がオスマン・バトゥルの事跡を伝えたほか、55年間に海外での東トルキスタン難民の反中活動を総括した。
トルコのベテランの将軍や、革命家、インテリなども発言し、東トルキスタンについて討論を行ない、東トルキスタンに対する深い愛を伝えていた。彼らは東トルキスタンの独立をいつも支持することを強調した。
会議参加者は東トルキスタンの解放、独立、東トルキスタン国民の自由を実現させるために、トルコの民間団体、政府に呼びかけをすることを表明した。
ウイグル太郎
東トルキスタン亡命政府
2005年2月12日
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